ようこそ「うちわ」卸専門工場へ。

古来より夏の風物詩として知られる団扇(うちわ)ですが、
現在では本来の風を扇ぐ役割に留まらず、街頭で配布するSPグッズ
(広告用品)として、はたまたアイドルの応援グッズとして幅広く
活躍の場を広げています。

弊社では、あらゆるニーズに対応できるよう様々なうちわを取
り揃えております。この機会に是非ご利用下さい。

人気商品

名入れうちわ
既製品ポリうちわ 表面にカラー印刷された既製品のポリうちわの裏側に社名などご希望の文字を自由に印刷するタイプのものです。
このタイプのうちわは、裏面のみの印刷になりますので、お安くすることが出来ます。デメリットとしては「黒」「赤」「青」の3色しか使用できない点です。
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名入れうちわ(和風の竹の骨組みタイプ)
既製品竹うちわ竹の骨組みも製品に仕上がった状態のうちわの上からプリントしますので、「黒」「赤」「青」の3色のみの印刷になります。
スタンダードな中万月型から細長い長短型まで各種取り揃えております。裏のみへの印刷になります。
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オリジナルうちわ
オリジナルうちわ両面にお好きなデザインをプリントしたい方はこちらのオリジナル製品をお選び下さい。
このタイプのうちわは、色数が多くなるほど単価もあがります。両面同じ版と違う版によっても料金が異なります。

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激安バラエティうちわセット
ポリうちわ-コンパクト・ミディ・Lサイズ 既製品うちわ100本ランダムセットが4,800円から!売り切れ次第、終了!
今まで作成した既製品うちわの余りを100本セットにして大特価にて販売いたします。表面はランダムに選ばれた既製品の柄が入り、裏面への印刷は行えません。
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オススメ商品

特殊サイズうちわ
ポリうちわ-コンパクト・ミディ・Lサイズ少し小さいコンパクトサイズと、とっても小さいミディサイズ、大きめなサイズのLサイズと大きさの種類も豊富に取り揃えております。
このうちわの骨の柄は白に限られますが、かばんに入るサイズのコンパクトなどはSPツールとしても優れてます。
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イベントなどで大人気の特大うちわ
大うちわ温泉やサウナ施設などや、
あるいはお祭りなどで使用されている大型のものです。
大きなうちわが扇がれる姿には威勢があり、元気が湧いてきます。

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手軽で便利な骨組みのない紙製のうちわ
ペーパーファン最近よく目にする骨組みのない厚いダンボール紙に印刷するタイプのうちわです。
このタイプのうちわは指を入れる穴をあけるタイプやポリ製の柄部分のみを取り付けるタイプ、穴を補強するタイプの3種類があります。
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扇子の名入れをご希望のお客様はこちら
扇子既製品の裏側に扇子も竹のうちわなどと同様に黒・赤・青の3色にて名入れするタイプでオリジナルを作成します。
このうちわはあらゆるデザインに対応できるようになっておりますので、まずはお見積依頼をお送り下さい。
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手作りうちわキット
ワンタッチうちわセットご自分で直接、うちわに書きたい、またはプリントしたい方向けの自作キット。
このうちわは、骨組みと専用の出力シートが付属されており、ご自分で骨組みに貼ることができるように裏がシールのようになっております。お子様でも安心。
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ご挨拶

江戸時代には1本1本職人による手作りで竹の団扇(ウチワ)が作られておりましたが昨今ではポリプロピレンによる骨組みの大量生産や地紙貼り機、穴開機などの機械化による製造技術の発展しました。

更にはうちわを製品にした後でも上から印刷できるオフセット印刷などの発展により、どんな方にもお手軽に団扇をオリジナルで作成できる便利な時代になりました。

弊社ではそういった合理化の流れを汲みつつも、同時に古き良き日本古来の伝統芸、職人技術を尊重し竹製品での手造り団扇にも力を注ぎ、より早く、より安くをモットーに日々技術開発に取り組んでおります。更には出来るだけお客様がスムースに判りやすく特注うちわの製作を進められるように、わかりやすいWEB作成に尽力し、より良いサービスに努めております。

この機械に是非、うちわのお見積依頼をお送り下さい。きっとご満足頂けるご返事が出来るはずです。長文失礼致しました。
それでは、ごゆっくりご観覧下さい。

丸亀団扇の起源と沿革

〜 江戸時代 〜

男竹丸柄団扇の起源

1633年(寛永10年)頃、金比羅大権現の別当(寺務を司る者)、金比羅院住職『宥光』は、「金比羅宮の御紋である金の文字を天狗の羽団扇にちなむ「渋うちわ」に描き、毘比羅宮参拝のお土産として作り販売しようではないか。」と閃きました。

大和の大村藩から熟練者を招いて製造を始めたのが『丸亀団扇』の起源と言われています。

〜 明治―大正 〜

男竹平柄うちわの起源

1884年から1885年(明治17-18年)頃には、富屋町の卸屋が「丸柄・奈良うちわ」の造りを反映させた男竹平柄団扇の製造を始め、明治20年頃には吉田利七氏がこの技術を会得しました。

東塩屋の自宅で工場を立ち上げたのがいわゆる『塩屋平柄うちわ』の起源といわれています。

明治37年頃になると、当時の丸柄うちわがメジャーの問屋販売体制に対抗して、平柄団扇存続の援護をするため大久保・矢野の両氏が奮起して、男子工30名、女子工40名を抱え「大矢商会」を設立。

工場から県外への販売を勢力的に行い、一時は西はインド東はアメリカにまで販売ルートを伸ばしていった。更に翌々年の42年には「塩屋平柄うちわ」は紆余曲折を経ながらも合同の方向で発展し、業界においての影響力は大正末期にまで及んだと言われています。

大正時代には扇骨の「切込機」・「穴開機」が発案、導入され、需要過多になりつつあった広告宣伝用としての団扇(ウチワ)に対応できるようになり、急速に発展を遂げることになります。この機械導入によって大量生産が可能になり、後の「丸亀うちわ」の代名詞といえるほどまでに発展する地盤が築かれたのです。

〜 昭和時代 〜 終戦

多くの技術が開発されていく中、1933年から1935年(昭和8-10年)にかけて、待望の「名入れ印刷機」が発案されます。貼り立てのうちわに対して名入れ印刷が出来るようになり、既製を作り置きしておき、注文から発送にかけての日数が減り、全国各地の張り立て業者も次第に丸亀の既製品を使用するようになる。

しかし、1938年(昭和13年)以降になると、戦時の人手不足、資材不足によってうちわの生産は徐々に減っていきました。

〜 昭和・平成 戦後以降―現況 〜

戦後約10年の間に、丸亀うちわ業界では協同組合の再編が続くようになります。一方、目まぐるしいほどの経済復興を終えた1955年(昭和30年)前後には、扇風機・冷房機が登場、プロパンガス・都市ガスの普及などにより、団扇(ウチワ)の需要は次第に減少していきます。これを受けて、「丸亀団扇協議会」などが発足されました。

1966年(昭和41年)には、当時の既存組合に未加入であった業者がほぼ参加して「京極団扇商工業協同組合」が設立され、先行設立の3組合と合わせ香川県のほぼ全ての業者を網羅することになっていき、4者で 「香川県うちわ協同組合連合会」を結成。これが認可され、戦後初の業者一体の正式な協力団体が誕生しました。

このように業界全体に合同化されていく中、印刷技術もオフセット印刷により合理化された多色刷りが可能になり、低価格のポリプロピレン製うちわなどの登場、製造過程の短期化・地紙の機械による貼り等、によって団扇業界は短期集中大量生産が可能になりますますの発展を遂げるに至りました。

一方、このあおりを受けたのが「竹うちわ」「竹骨」です。

ポリプロピレン製品・中国製の竹との価格差に対抗出来ず、伝統的な地場の「竹うちわ」は現在危機な状況を迎えています。

そのような状況の中「丸亀竹うちわ」の伝統を守るべく、団扇作りの作業工程が見学できる実演工房を設立。

1988年(昭和63年)には瀬戸大橋博覧会にて工程実演を行うなど「丸亀竹うちわ」の全国的なPR活動を展開しました。

1995年(平成7年)には全国で唯一の博物館である「うちわの港ミュージアム」を開館し伝統を守りながらも新しい可能性を探求しています。

「丸亀うちわ」は今も進歩しているのです。

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